ブリッジポートには今日も冷たい雨が降り続いている。
アイビー「 (いつも通り・・・自然に・・・・、よし!) 」
玄関前で気合を入れてアイビーがドアの鍵を開ける。
アイビー「こんにちは~。」
アイビーがドアを開けて中に入る。
マシュー「お待ちしておりました。」
アイビー「え?あ・・・・えっと・・・・。」
マシュー「マシューです。」
アイビー「マシューさん・・・・どうして・・・・。」
マシュー「ミランダ様からあなたへ伝言を預かっております。」
アイビー「ミランダさんから・・・?」
マシュー「しばらく旅行へでかけるとのことです。」
アイビー「旅行・・・?」
マシュー「はい。リリィ様とご一緒ですので心配しないようにとのことです。」
アイビー「リリィ社長と・・・・?どちらに行かれたんですか?」
マシュー「リリィ社長の所持しているサンリットの別荘だそうです。」
アイビー「サンリット・・・・。身体のほうは大丈夫なんですか?」
マシュー「最近は体調もいいようで、お医者様のほうからも了承を得ています。」
アイビー「そうなんですか・・・・。いつ頃お戻りになられるんですか?」
マシュー「1週間程度とのことです。」
アイビー「1週間・・・。」
マシュー「あの方は気まぐれなので、今までのことを考えれば1週間以上長引く可能性のほうが高いかと・・・。」
アイビー「そうですか・・・・。」
マシュー「それでは私はこれで。」
マシューがアイビーの横を通り過ぎる。
アイビー「待ってください!」
マシュー「・・・・なにか?」
アイビー「あの・・・・お聞きしたいことがあるんですが。」
マシュー「なんでしょう?」
アイビー「マシューさんは・・・ミランダさんのことよくご存知ですよね?」
マシュー「・・・・どうでしょう・・・・。あの方はあまり自分の感情を表に出しませんので。」
アイビー「・・・・私がこうして最近ここに来ていることは、マシューさんはもちろんご存知でしたよね?」
マシュー「はい。」
アイビー「私のしていることは・・・おせっかいだと思いますか?」
マシュー「・・・・。」
アイビー「ミランダさんは・・・・私のこと、鬱陶しいと思っているんでしょうか・・・・。」
マシュー「・・・・。」
マシュー「はっきり言わせていただきます。」
アイビー「・・・・。」
マシュー「鬱陶しいと思っているかどうかはわかりませんが・・・・、あの方は誰のことも信用していません。たぶんこの私のことも。」
アイビー「・・・・。」
マシュー「以前いた使用人を全部切ったのも、金銭トラブルやプライベートの情報を売っていたりという問題が起きたからです。」
アイビー「そうだったんですか・・・・。」
マシュー「使用人以外にも、あの方に近づいてくる人間は芸能関係者であっても金目当てであったり、あの方の名声に目が眩んだ者ばかりのように見えました。実際そういう問題も何度もありました。」
アイビー「・・・・。」
マシュー「たぶん、唯一信じられる人間はリリィ社長と・・・愛する恋人だけかと・・・・。」
アイビー「・・・・。」
マシュー「その方ももはやこの世にはおられませんが。」
アイビー「そうですか・・・・。」
マシュー「あの方の信用を得るのは・・・難しいかと。」
アイビー「・・・・そう・・・ですよね・・・・。」
マシュー「ただ・・・。」
アイビー「え?」
マシュー「あの方のことを知りたいなら、昔の知り合いや親しい方に聞くのが一番かと思います。」
アイビー「昔の・・・知り合いですか・・・。」
マシュー「はい。リリィ社長はご本人とご一緒のようなので難しいですが、その近辺をあたったほうが確実かと思われます。」
アイビー「なるほど・・・・。」
マシュー「では私はこれで。」
アイビー「あ、ありがとうございました!」
マシュー「いえ・・・。」
アイビー「 (・・・・親しい・・・人・・・・。) 」
アイビー「ごめんね仕事上がりなのに。」
マロン「全然いいよ~。アイビーちゃん今日お休みでしょ?珍しいね~休日に僕のこと呼び出すなんて。」
アイビー「うん。最初マスターにいろいろ相談してたんだけど・・・。」
マロン「相談?なにか悩み事?」
アイビー「うん。マスターがマロンちゃんにも聞いてもらったほうがいいっていうから。」
マロン「そうなの?」
アイビー「うん。」
マロン「悩みって?」
アイビー「うん・・・・あのね。」
マロン「・・・?」
アイビー「実は・・・・ミランダさんのことなんだけど・・・・。」
マロン「え?ミランダちゃん?」
アイビー「うん・・・・あのね・・・・。」
アイビーがゆっくりと話はじめる。
マロンは時々驚いた表情をしながらも、静かにアイビーの話を聞いていた。
おなかの子供のこと、子供が無事に生まれてもミランダ本人が亡くなった場合アイビーが育てるようにと言われていること、ミランダのことを知るために自分が今彼女の家に通っていること。
アイビーはすべてをマロンに話した。
マロン「アイビーちゃんは・・・・ミランダちゃんの言ったこと・・・全部受け入れたの・・・?」
アイビー「受け入れたっていうか・・・・そうだね。」
マロン「その話・・・今まで誰にも相談せずに?」
アイビー「うん。」
マロン「マスターは?どこまで知ってたの?」
マスター「どこまでって?」
マロン「今の話だよ。全部知ってたの?」
マスター「アイビーから聞いたのはさっきよ。でも知ってたわよ。ミランダから聞いていたから。」
マロン「え?そうなの?」
マスター「ええ。ロミオが亡くなってしばらくしてからあの子来たのよ。もちろん来ることはわかっていたし、あの子がなにを相談しに来たのかもわかっていたけど。」
マロン「そうだったんだ・・・・?」
マロン「アイビーちゃん・・・つらくないの?だって・・・言い方は悪いけど、ロミオちゃんがよそで作った子供だよ?」
アイビー「わかってる。でも二人のこと知っててヨリを戻したのは私だし。」
マロン「・・・・。」
アイビー「それに今となっては・・・・ロミオの唯一の形見だから。」
マロン「・・・・。」
アイビー「マロンちゃんは、昔のミランダさんのことよく知ってるでしょう?」
マロン「まぁ・・・・BiBiに入ってきたときのことなら・・・・。」
アイビー「教えてほしいんだ。ミランダさんがどういう女性なのか。」
マロン「どういう女性・・・・かぁ~・・・・。」
アイビー「うん。」
マロン「そうだねぇ~・・・・。」
マロン「最初紹介されたときは、ほかのモデルたちとは全然違ってたかな。」
アイビー「違う・・・?」
マロン「うん。なんていうか・・・・目つきが・・・・。ああ、この子は普通の環境じゃない世界を見てきたんだろうな~って思った。若いのに冷めてるっていうか。」
マロン「ほかのモデルたちってさ、目がキラキラしてて、この世界への憧れでワクワクしてる表情をしてるんだよねみんな。でもミランダちゃんは・・・冷めてるっていうか、この世界のことを嫌ってるのにイヤイヤやってるって感じたな。」
アイビー「そうなんだ・・・・。」
マロン「うん。」
マロン「ミランダちゃんがBiBiモデルになってしばらくしてからかな、ロミオちゃんを連れてきたのは。」
アイビー「ミランダさんが・・・?」
マロン「うん。見学に来たんだよね。弟みたいなもんだって紹介されて。」
アイビー「・・・・。」
マロン「ロミオちゃんはあの外見だからさ、ほかのモデル事務所からも何度もスカウトされてたけど、全然興味がないみたいだった。それよりもカメラのほうに興味を持ったんだよね。」
マロン「そのときのカメラマンがすごくロミオちゃんのことかわいがってくれてて、ロミオちゃんはすぐに弟子入りしたんだ。それから毎日のようにBiBiのスタジオに来てお手伝いしながらカメラのこと勉強して。」
アイビー「・・・・。」
マロン「ミランダちゃんはモデルをやりながら女優のオーディションも受けてたんだけど、処女作で大胆なヌードシーンが注目を浴びて・・・モデルはやめて女優業に専念するようになったから、BiBiは一年もたたずにやめちゃったんだよね。でも、ロミオちゃんの様子を見に時々は遊びに来たりしてたんだけど、それもできないくらい忙しくなっちゃって。」
マロン「ミランダちゃんはほかのモデルとも仲良くしてなかったし、唯一しゃべってたのはモデル仲間だったリリィちゃんくらい。彼女とはその後も親友だったよ。僕はBiBiにいた頃のミランダちゃんしか知らないんだ。」
アイビー「そうなんだ?」
マロン「ごめんね。あんまり情報持ってなくて。」
アイビー「気にしないで。」
マロン「僕よりやっぱりリリィちゃんに話を聞いたほうが詳しいと思うよ。」
アイビー「そっかぁ。」
マスター「私もそれがいいと思うわ。」
アイビーがマスターをみつめる。
マスター「ミランダのことも、あなたのことも、一番よくわかってるんじゃないかしら?一番いい助言ができると思うけどね。」
アイビー「そうですね・・・。」
マスター「それにね、本人にムリに心を開いてもらおうなんてムリな話よ。それよりも、自分のことから知ってもらったほうが相手も心を開きやすいと思うわよ。」
アイビー「自分のことを・・・・。」
マスター「時間がないのはわかるけど、あせっちゃだめよ。」
アイビー「・・・・そうですね。」
マスター「あなたのこと、嫌ってるわけじゃないのよ。ただ不器用なだけなのよあの子は。」
アイビー「・・・・。」
マロン「僕もそう思うな。」
アイビー「ホント?」
マロン「うん。じゃなかったらアイビーちゃんに子供を育てて欲しいなんて、思わないんじゃないかな?」
アイビー「・・・そうかな。」
マロン「だって、もし自分だったらアイビーちゃんどうする?」
アイビー「私だったら・・・?」
マロン「信用できない女に、自分の子供を預けたりしないでしょう?」
アイビー「・・・・。」
マロン「ミランダちゃんは、少なくとも子供を育てて欲しいと思うくらいにはアイビーちゃんのこと信用してるんだと思うよ。」
アイビー「・・・・・ありがとうマロンちゃん。」
マロン「ううん。」
マロン「僕、嬉しいんだ。」
アイビー「え?」
マロン「こんな大事な話、僕なんかにしてくれたってことは、アイビーちゃんも僕のこと信用してくれてるからでしょう?」
アイビー「そうだね。」
マロン「もっと頼っていいんだからね。なにかあったらいつでも相談してね。」
アイビー「うん。ありがと。」
アイビー「あ、マロンちゃん。」
マロン「うん?」
アイビー「お願いがあるんだけど。この話ジーンには黙っててほしいんだ。」
マロン「ジーンくん?」
アイビー「ジーンは感づいてるみたいだから特に。なにか聞かれても適当にごまかしててほしいの。」
マロン「うん・・・・いいけど。」
アイビー「あとね、マロンちゃんは勘違いしてるかもしれないけど。」
マロン「え?」
アイビー「ジーンとはなんでもないんだよ。そりゃあ昔つきあってたこともあるし、いまでも交流はあるから親友だけど・・・・でもね。」
アイビー「私はまだロミオのこと愛してるんだ・・・・。」
マロン「アイビーちゃん・・・・。」
アイビー「たぶん・・・・これからもずっと、ロミオ以上に愛する人なんてできないと思う。」
マロン「・・・・・。」
アイビー「なんか・・・・ほかの人のこと考える余裕なんて・・・・この先もずっとない気がするんだよね。」
マロン「・・・・・アイビーちゃんごめん。」
アイビー「・・・?」
マロン「僕・・・・アイビーちゃんはジーンくんを選ぶと思ってたんだ。」
アイビー「・・・・。」
マロン「僕、ロミオちゃんのこと人としてすごく尊敬してるし大好きだったんだ。」
マロン「だから・・・そんなロミオちゃんの選んだ人だから、アイビーちゃんのこともすごく信頼してた。でも・・・・。」
アイビー「・・・・。」
マロン「アイビーちゃんだって一人の女だもん。女は愛されて幸せになるから・・・・いつかジーンくんを選ぶと思ってた。それでもしかたないってわかってるけど・・・・でも今はイヤだったんだ。」
アイビー「・・・・。」
マロン「だから僕は・・・ふたりのこと応援できないって・・・・。」
アイビー「大丈夫だよマロンちゃん。そんなことにはならないから。それにジーンには・・・・もっと相応しい人が現れるって思うし。」
マロン「ジーンくんには・・・・話さないの?」
アイビー「うん。」
マロン「この先もずっと?子供が生まれたらどうするの?」
アイビー「それは・・・そのときに考えようと思う・・・。」
マロン「・・・・。」
アイビー「ジーンは・・・・ジーンだけは、この問題には巻き込みたくないの。」
マロン「・・・・。」
アイビー「巻き込んじゃだめなの。私にとってもジーンにとっても。」
アイビー「ジーンは、お母さんのことでも大変なのに・・・・余計な心配かけたくないんだ。ジーンはすぐ人のことばっかり心配して、自分のことは全然だから。」
マロン「・・・・。」
アイビー「ジーンには幸せになってほしいんだ。」
アイビー「だから、ジーンには・・・。」
マロン「わかった。もちろん言わないしなにか聞かれてもアイビーちゃんに話合わせるよ。」
アイビー「ありがとう。」
マロン「うん。この話は誰にもしない。」
アイビー「うん。お願い。」
マロン「アイビーちゃんも大変じゃない?お休みの日もミランダちゃんの家に通ってるんでしょう?自分の時間ないんじゃないの?」
アイビー「べつに平気だよ。それに、今はミランダさん旅行に行ってるし。」
マロン「そっか。ムリしないようにね。なにかあったらいつでも相談して。」
アイビー「うん。ありがとう。」