ミランダが倒れてから1週間が過ぎた。
12月に入ったブリッジポートには、冷たい風が吹いていた。
ミランダ「リリィは・・・?」
アイビー「今日は仕事で来れないそうです。」
ミランダ「そう・・・。」
ミランダ「ヘイゼルは・・・元気にしてる?」
アイビー「元気にしてますよ。今朝事務所に寄ってみたんですけど、女の子たちに囲まれてました。みんながおやつをあげちゃうから、前よりちょっと太った気がします。」
ミランダ「そう・・・。寂しい思いをしていないならよかった。」
ミランダ「あの子を拾ったときには面倒を見るって決めたのに・・・結局他人に任せてばっかりね。・・・ダメな飼い主だわ。」
アイビー「そんなことないですよ。ミランダさんは退院したらきっと、赤ちゃんとネコちゃんのお世話で忙しくなりますよ?」
ミランダ「・・・・そうね。」
ミランダ「あなた、今日は仕事は?」
アイビー「昼すぎで仕事が終わったので。なにか欲しいものとかないですか?買ってきますよ。」
ミランダ「今はなにも欲しくないわ。この病院の食事も悪くないし。」
アイビー「さすがですね。ここは業界人がお忍びで入院するって有名な病院だって、最近知りました。」
ミランダ「おかげでセキュリティーもしっかりしてるものね。ただ・・・廊下で知り合いに会ったりしたらまずいから・・・この部屋からは出られないけれど。」
ミランダ「たまには外の空気が吸いたいわ。」
アイビー「 (ミランダさん・・・ずいぶん痩せたな。妊婦なんだからホントはもっと太ってもいいはずなのに・・・・。) 」
ミランダ「もう12月ね・・・。」
アイビー「そうですね。街もイルミネーションで華やかになってますよ。」
アイビー「ミランダさん・・・そのマタニティードレス、着てくれたんですね。」
ミランダ「合うのがないのよ、おなかが大きいから。でもこれ・・・意外と生地が柔らかくて着やすいわ。」
アイビー「そういってもらえると嬉しいです。」
アイビー「今日は風が冷たいですけど、寒くないですか?窓閉めましょうか?」
ミランダ「平気よ。外の空気が吸いたいから。」
ミランダ「セキュリティーがしっかりしてるのはいいんだけど・・・こんな窓じゃ、まるで籠の中の鳥よね。せめて空気だけでもと思って、開けているの。」
アイビー「・・・寒くなったら言ってくださいね。」
ミランダ「ええ。」
アイビー「 (ミランダさん、入院してからだんだん元気がなくなってる気がする・・・。倒れたことがきっかけではあるけど・・・お医者様の言ってたように、だんだん身体への負担が大きくなってるんだ・・・。) 」
アイビー「 (私がミランダさんにしてあげられることって・・・なんなんだろう・・・・。) 」
ラッキーパーム。
ローガンの住む海辺の家に、一人の訪問客が訪れようとしていた。
ローガンがパソコンに向かい次の裁判の資料を作成している。
机の上には冷めたコーヒーと本が乱雑に散らばっている。
インターホンのチャイムの音でローガンが立ち上がる。
ローガン「 (4時の約束だったよな・・・もうそんな時間か。) 」
ローガンが事務所のドアを開ける。
女性「あら・・・。私、入り口を間違えちゃったかしら。」
ローガン「いえ・・・すみません。こっちの事務所で作業してたので・・・。玄関はそっちで合ってますよ。」
ローガン「はじめまして、ローガン・オリーブです。お待ちしていました。」
女性「どうもはじめまして。シーナ・スターンズです。あらまぁ、思ったよりずいぶん若い弁護士先生ですわねぇ。」
ローガン「ははっ、そうですか。ここに越してきたばっかりでまだ1年にも満たないんですが・・・。」
シーナ「まぁそうなんですの?」
ローガン「こんなところで立ち話もアレなんで、あがってください。中で話しましょう。」
シーナ「それじゃあブリッジポートに?」
ローガン「はい。大学を出て弁護士事務所で経験を積んで、ようやく個人事務所を立ち上げました。それを機にここへ。」
シーナ「一人でなんて、大変ですわねぇ。」
ローガン「まぁ、大変なことも多いですが、ブリッジポートでいろいろ経験を積んでいるので。この街ではまだまだ知名度も低いですし、今が頑張り時ですからね。」
シーナ「それもそうよねぇ。」
ローガン「ただ家のことがなかなか手に負えなくて・・・・事務所は一人でもなんとかなるんですが、家事もとなるとちょっと。」
ローガン「今まではわりとなんとか出来ていたんですが、ここ数ヶ月忙しくて・・・。洗い物をださないように外食ばかりですし。」
シーナ「わかるわぁ。うちの息子も独身時代はそうだった。」
ローガン「洗濯物も、全部クリーニングに出すわけにはいかないですしね。」
シーナ「それもそうよねぇ。」
シーナ「おうちのことは気になさらないで。掃除も洗濯も、晩御飯の用意もきちんとしますからね。」
ローガン「助かります。もっと早く頼んでおけばよかったですよ。」
ローガン「家政婦の派遣会社があるのは聞いていたんですが、仕事が忙しくてなかなか。」
シーナ「まぁ、大変だったんですわねぇ。」
ローガン「今週はやっとちょっと落ち着いてきたので、お願いしようかと思った次第です。」
シーナ「こんな年寄りにはちょうどいいお仕事なんですよ。」
ローガン「シーナさんは派遣会社の中でもベテランだとお伺いしましたよ。」
シーナ「うふふ。長いだけですよ。」
シーナ「でも、ブリッジポートみたいな大都会からこんな遠いラッキーパームなんて、またどおして?」
ローガン「・・・一人になってみたかったんですよ。これまで周りに助けられてきたことも多くて・・・自分だけの力でどこまでできるのか、試したかったからかな。自分を見つめなおすいい機会でもあるし。」
シーナ「この街に知り合いはいらしたの?」
ローガン「いえ。」
シーナ「寂しくはない?」
ローガン「たまにふと寂しくなることもありますが・・・この街は自分に合ってる気がします。ここは夕日が綺麗で、すごく気に入ってるんですよ。」
シーナ「そう言ってくださるととても嬉しいわ。私は生まれてからずっとこの街に住んでいるから。」
シーナ「恋人はいらっしゃるの?」
ローガン「いいえ。」
シーナ「若くて素敵な弁護士先生が、モテないはずないわよねぇ。」
ローガン「そうでもないですよ。」
シーナ「結婚は考えていらっしゃらないの?・・・って、なんだか質問攻めねw ごめんなさいね。」
ローガン「大丈夫ですよw まぁ、弁護士としてはまだまだ新米ですからね。」
シーナ「あら、もったいない。若いうちに結婚しておいたほうが、仕事にもハリが出るんじゃないかしら。」
ローガン「まぁ、たしかにそうでしょうね。」
シーナ「家政婦たちには若い女性も多いのに、なぜ年寄りを選ばれたのかしら。」
ローガン「ベテランの方のほうが安心して家のことを任せられますから。」
シーナ「そういっていただけると嬉しいわ。私も頑張らなくちゃね。」
シーナ「でも本当にもったいないわ。親戚に最近大学を出て地元に帰ってきた娘さんがいるの。とっても可愛い子なのよ。よかったら今度会ってみないこと?」
ローガン「ははっ。まぁそのうちお願いしますよ。」
1週間後。
ローガン「遠かっただろ。」
ディーン「まぁな。でも飛行機だったしずっと寝てたよ。」
ディーン「それにしても久しぶりだなぁ。何ヶ月だっけ?」
ローガン「もうすぐ1年だな。こっちに来たのは正月過ぎてからだったし。」
ディーン「お前、髪型変えた?前より爽やかになってるな。」
ローガン「そうか?まぁ、弁護士は誠実さが求められるからな。」
ディーン「たしかに。医者はヒゲ生えててもマスクでごまかせるけど、弁護士はそうもいかないもんな。」
ローガン「うん。意外と外見大事な職業なんだよ。」
ローガン「ラトは元気か?」
ディーン「ああ。元気だよ。今日は実家帰ってる。」
ローガン「そうか。アイビーは?」
ディーン「今は・・・元気にしてる。ちょっと前まではいろいろ大変だったけどな。」
ローガン「そうか・・・。」
ディーン「お前、アイビーにも連絡してないのか?」
ローガン「ああ。あいつも忙しいだろうと思ったからな。まぁ・・・俺が忙しくてできなかったのもあるけど。」
ディーン「俺にもたまにしか電話してこなかったもんな。」
ディーン「彼女とかいないのか?」
ローガン「いるわけないだろ。」
ディーン「お前さ、結婚とか考えないの?」
ローガン「俺に子供や奥さんがいるの、想像できるか?」
ディーン「今はできないけどさ、将来って話だよ。」
ローガン「40過ぎたら若い娘でも嫁にもらうよ。今はないな。」
ディーン「出た!うちの病院にもいたよそういう先生。若くて美人なCA捕まえてたけど、結局若い男に寝取られて離婚したぞ。」
ローガン「ははっ。ありがちだな。」
ディーン「家のこととかはどうしてんの?」
ローガン「自分でやってたよ。先週までは。」
ディーン「 ? 」
ローガン「家政婦を雇ってるんだ。」
ディーン「家政婦?」
ローガン「ああ。家政婦の派遣会社からな。先週から来てもらってる。」
ディーン「へぇ~。いいなそれ。いくつくらいの子?」
ローガン「いくつだろうな。60は越えてるんじゃないかな。」
ディーン「え?若い女じゃないのかよ。」
ローガン「ああ。ベテランのほうがよかったし、年寄りの方がさすがに変なことにならないだろ。」
ディーン「お前・・・最近遊んでる?」
ローガン「いや、今はそんな時間もないな。」
ディーン「お前がそんなこと言うとはね~。」
ローガン「ホテルはとってるのか?」
ディーン「泊めてくれるんだろ?」
ローガン「そう言うと思った。」