マスター「こっちよ。」
アイビーが外から戻るとマスターが出迎え、部屋へと案内する。
カウンターの裏側にあるドアのカギを開けて中へと入ると階段が続いている。
アイビー「(このドアってマスターの自宅に繋がってたんだ?)」
二階へと上がると薄暗い部屋の真ん中にグランドピアノが置いてある。
マスター「右のドアは客用のバスルームとトイレ。寝室はこっちよ。」
中へ入ると店やピアノの部屋とは違い明るい空間が広がっている。
マスター「手狭だけど、モーテルよりはマシでしょ。シーツも一昨日変えたばかりよ。」
マスター「本なんかはロミオが置いて言ったものもあるから、好きに使って。あとなにか足りないものとかあれば言ってね。」
アイビー「なにからなにまで・・・ホントにありがとうございます。」
マスター「私って世話を焼くのが趣味みたいなところがあるのよ。だから気にしないで。」
アイビー「なにかお手伝いすることがあれば言ってください。お店のことでもなんでも。」
マスター「そうねぇ。」
マスター「ここは芸能関係者もよく出入りするし下の店での手伝いは無理ね。」
アイビー「そうですよね・・・。」
マスター「手伝いなんて気にしなくていいのよ。アダムを抱っこさせてさえくれれば。」
アイビー「でも・・・。」
マスター「子供ってね、すっごく生命力に溢れていてパワーがあるの。毎日子供と接している母親はすごくパワーを消耗するでしょう?」
アイビー「はい。」
マスター「魔女にとって子供のパワーは絶大なのよ。触れるだけでパワーを充電できるの。」
アイビー「そうなんですね。」
マスター「だからここにいる間は時々この子を抱っこさせてね。」
アイビー「もちろんです。」
マスター「ありがとう。」
マスター「じゃあリビングを案内するわね。」
アイビー「はい。」
マスター「こっちよ。」
マスターが客室を出る。
グランドピアノの部屋の壁にある本棚へと向かう。
アイビー「 ? 」
おもむろに一冊の本を選び、軽く奥のほうへと押し込む。
アイビー「 ! 」
スライド式の棚が動き出し、奥の部屋へと続いた。
マスター「ここがキッチンとリビングルーム。冷蔵庫にあるものは自由に食べていいわ。」
マスター「廊下の奥は私の寝室だから立ち入り禁止よ。まぁ、入れないと思うけど。」
アイビー「すごい!!マスターのおうちってこんな風になってたんですね!ドアが本当に魔法みたい!」
アイビーが興奮して話し始める。
マスター「警戒してるだけよ。鍵はかけてあるけど、時々二階に上がるバカがいるから、この部屋には私が許した人間しか入れないようにしてあるの。」
アイビー「そうなんですね。」
マスター「あなたもその一人よアイビー。」
アイビー「どうしてこんなに良くしてくださるんですか?今もそうだけど・・・ロミオが亡くなって私が落ちてた時も・・・。ずっと疑問でした。」
マスター「ロミオもミランダも私の昔からの友人だし、その二人が親しくしてた女性だもの。」
マスター「それにあなたには人を惹きつける魅力があるのよ、アイビー。あなたは気付いてないみたいだけど。」
アイビー「そうなんですか・・・?」
マスター「ええ。一緒に居ると安心できるの。癒しのパワーね。私はそういう人間が特に好きなのよ。」
マスター「このドアの開け方は覚えたわね。私は開店の準備をしてくるから。戻るのは夜中だから先に寝ていてね。」
アイビー「はい。ありがとうございます。」
マスター「なにかあったら電話して。」
アイビー「わかりました。いってらっしゃい。」
アダムがアイビーの腕をするりと抜けて駆け出す。
アダム「くりちゅまちゅ~。」
アイビー「アダム、危ないからツリーには触らないでね。」
アダム「あい!」
アイビー「(ツリー・・・飾り付けしてからくればよかったな・・・。すっかり忘れてた。)」
アイビー「(今日はクリスマスイブかぁ・・・。ローガンどうしてるかな・・・。ララやアンちゃんとうまくやってるかな・・・。)」
数時間後。
ブリッジポートの街に深々と雪が降り注ぐ。
House of the witch2。
クリスマスイブの店内は客たちで賑わっている。
マロン「久しぶりだよね、こうやって飲むの。ジーンくんBiBiの専属も辞めちゃったし。」
ジーン「そうだね。」
マロン「仕事忙しいんじゃない?」
ジーン「まぁまぁかな。」
マロン「人は雇わないの~?」
ジーン「う~ん・・・まだいいかな。なんとか一人でもやっていけてるし。」
マロン「そっかぁ~。」
ジーン「ギルは元気にしてる?」
マロン「元気だよ~。昨日から体調崩してて、クリスマスパーティーも来れなかったみたいw」
ジーン「そうだったんだね。」
マロン「それにしても、EAモデル事務所のクリスマスパーティーにジーンくん来るなんて思わなかったから、今日は嬉しかったな~。」
ジーン「先月キコちゃんの写真集のスタイリストを担当したから、その時に社長に声かけてもらったんだ。BiBiのときも時々呼んで頂いてたし、俺も嬉しかったよ。」
マロン「そっかぁ。今日はOBのモデルの子たちも結構いたよね~。」
ジーン「そうだね。何人か来てたみたいだね。」
マロン「ジーンくんもしかして、アイビーちゃんが来ること期待してたんじゃない?」
ジーン「うん・・・。」
マロン「やっぱりまだ探してるんだね・・・。」
ジーン「うん・・・。」
マロン「さっきのパーティーでキコちゃんが嘆いてたんだ。ジーンくんに振られたって。もしかしてとは思ったけどまだ・・・。」
ジーン「マロンちゃん、行方知らないよね?」
マロン「うん。モデルの子たちからもなにも噂聞かないね。」
ジーン「そうだよね・・・。」
マロン「キコちゃんなんで振っちゃったの?今大人気のモデルさんなのに。彼女、3年で随分大人っぽくなったし成長したよね!今じゃBiBiの看板モデルだし。」
ジーン「確かに彼女はすごく素敵だけど・・・18歳は子供すぎるよ。俺みたいなおじさんよりもっと若い男のほうが合うと思うしもったいないよ。」
マロン「確かに18歳はまだまだ精神的に未熟だけど~。」
ジーン「マロンちゃんはどうなの?恋人居たよね?」
マロン「うん。去年から同棲してるんだ。」
ジーン「そうなんだ。うまくいってるんだね。」
マロン「この街は同性愛者には優しい街だからね。結婚は認められていないけど、暮らしていくには不自由ないよ。」
ジーン「いいね。結婚しなくても、好きな人と一緒に居られることは幸せだよね。」
マロン「うん。ジーンくんは・・・まだアイビーちゃんのことが好きなんだね。」
ジーン「ちょっと執着しすぎなのかな俺w」
マロン「いいんじゃないかな、ムリに忘れなくても。」
マロン「今日は飲もう!僕が奢るよ!って・・・言ってもジーンくんのほうが稼ぎいいよね~w」
ジーン「ははっw わかったよ、俺が奢るよw」
マロン「やった~!」
時計が12時を回った頃、寝ていたララが起きて1階へとやってきた。
ララ「(気づいたらアンドレアと一緒に寝ちゃってたけど・・・喉乾いて起きちゃったわ。)」
ダイニングにやってくるとローガンがビールを飲んでいる。
ララ「ローガン、まだ起きてたのね。」
ローガン「おう。寝てたんじゃなかったのか?」
ララ「喉が渇いて目が覚めちゃったの。」
ローガン「お前も飲むか?缶ビールくらいしかないけど。」
ララ「そうね・・・頂こうかしら。(最近は控えてるみたいってアイビーが言ってたけど・・・やっぱり時々は飲んでるのね・・・。心配だから深酒しないように見張らないと)」
冷蔵庫からビールを出してララが椅子に座る。
ララ「よく一人で飲んでるの?」
ローガン「たまにな。眠れない時とか考え事したいときなんかに。」
ララ「アイビーとは飲んだりしないの?」
ローガン「あいつは酒弱いからな。俺も深酒しないように、缶ビールくらいしか家には置いてないんだ。」
ララ「そう。(ちゃんと考えてるのね・・・。)」
ローガン「お前とルームシェアしてた時はよく一緒にワイン飲んでたよな。」
ララ「そうね。お互いワイン好きだし、あなたは美味しいワインをよく買ってきてくれてたわね。」
ローガン「この街はビールが主流だから、バーに行ってもあんまり旨いワインは置いてないんだ。だから俺もビールばっかりになっちまったな。」
ララ「そうなの?w」
ローガン「ああ。」
ララ「私もお酒飲むのなんて久しぶりだわ・・・。アンドレアが産まれてからずっとアルコールは避けてきてたし・・・。」
ローガン「母乳で育てると母親は飲めないよな。」
ララ「ええ・・・。」
ローガン「飲みにでかけたりはしないのか?ジーンさんと。」
ララ「・・・しないわね。家でも飲まないし。」
ローガン「そうか。」
ローガン「子供預けて二人でデートとかすればいいだろう。親も同じ街に住んでるんだし。」
ララ「そうだけど・・・彼は忙しくてなかなか・・・。」
ローガン「そうか。人気のデザイナーみたいだもんな。」
ララ「あなたも・・・この街では人気の弁護士さんでしょう?斜め向かいのゴメスさんがそう話してくれたわよ。この街の議員さんにも信頼されてるって。」
ローガン「議員は今日の午前中来てた客だよ。あの人とは引っ越してきた当初から親しくしてもらってるんだ。」
ララ「そうなの。・・・ねぇローガン。」
ローガン「なんだ?」
ララ「今日はクリスマスイブよ。気付いてた?」
ローガン「・・・そういえばそうだな。」
ララ「ご近所さんはライティングしたりしてたけど・・・この家はクリスマスツリーは飾らないの?」
ローガン「毎年アイビーがやってくれてたけど、今年は忘れてたんだろ。」
ララ「一緒に暮らしてた頃、二人でクリスマスツリーの飾り付けやったわよねw」
ローガン「確かうちでクリスマスパーティーをやることになった時だったか。もう二度とやらないって誓ったけどな。」
ララ「そんなこと言わずに、やりましょうよ今から!」
ローガン「今から・・・?もう1時近いぞ?」
ララ「でもツリーはあるのよね?」
ララ「あることにはあるけど・・・。」
ララ「朝起きてツリーがあったらあの子も喜ぶと思うの。ね?お願い。」
ローガン「・・・プレゼントなんて買ってないだろ?」
ララ「いいのよプレゼントは。サンタさんがショアのおうちに届けてくれてるってことにしておけば納得するわ。それにあの子、クリスマスが大好きなのよ。ツリーがあったらきっと喜ぶわ。」
ローガン「・・・・。」
ララ「大丈夫よ、私一人でもできるわ。どこにあるの?」
ララが椅子から立ち上がる。
ローガン「階段下の物置だ。」
ララ「出してもいい?」
ローガン「しょうがねぇな・・・手伝うよ。」
数時間後。
ローガン「・・・よっと。」
ローガンが頂上に一番大きな飾りを付ける。
ララ「結構大きいのね。」
ローガン「ああ。アイビーが来た年に買ったやつだ。いままでずっと一人で飾り付けやってくれてたけど、意外と大変だな・・・。」
ララ「そうね・・・。」
ローガン「ライト付けるか。」
ララ「ええ。」
ツリーの明かりが灯る。
温かく柔らかい光に包まれる。
ララ「綺麗ね・・・。」
ローガン「ああ。」
ローガンがツリーを眺めるその横顔をそっと見つめる。
ララ「ありがとうローガン。」
ララ「私の我儘に付き合ってくれて。あの子もきっと喜ぶわ。」
ローガン「いや・・・俺もあいつの喜ぶ顔がみたいだけだ。」
ララ「ふふっ。」