アランと弁護士のマッテオが公園のチェステーブルに向かい合わせに座る。
子供は公園で一人遊んでいる。
マッテオ「失声症という言葉をご存じですか?」
アラン「失声症?」
マッテオ「はい。精神的ストレスや強いショック状態からおこる病で、声が出せなくなったり、出せてもしゃがれた声であったりします。」
マッテオ「あの子は母親が目の前で自殺し、そのショックから失声症になってしまいました。」
アラン「・・・・。」
マッテオ「リハビリなどを行い通常であれば数日から一週間程度で治る病ですが・・・あの子の場合もう半年もしゃべっていません。」
アラン「名前は?」
マッテオ「あの子の名前ですか?」
アラン「ああ。」
マッテオ「ミカエル マジソン。あと数日で7歳になります。」
アラン「・・・・。」
マッテオ「あの子のことが気になりますか?」
アラン「別に。」
マッテオ「あなたを見て一目で思いました。きっとあの子の父親に違いないと。」
アラン「似てる別の男かもしれないだろ。」
マッテオ「おや?子供はお嫌いですか?」
アラン「そんなことより、なんであんたが面倒を見てるんだ?」
マッテオ「話を逸らしましたねw」
アラン「質問に答えろよ。話したいと言ったのはあんただろ。」
マッテオ「私はマジソン家の遠い親戚なんです。アリエルは私のはとこにあたります。今回の件について内密に処理したかった大伯父は、親戚である私を弁護士に選びました。」
アラン「内密ってなんでだよ。」
マッテオ「大富豪ともなれば財産を狙う人間は多いものです。家出した一人娘が父親もわからない子供を産んで自殺した。その事実でさえ大伯父にとってはスキャンダルです。」
アラン「一人娘の子供なら引き取って家を継がせたらいいじゃないか。」
マッテオ「そうなるとそのうち父親を名乗る人物が出てくるでしょう。大伯父が亡くなった後も、きっと彼の残した財産を狙う人物が増えるだけです。それよりも信頼のおける血の繋がった親戚から跡取りを養子に、そう考えるのが普通です。」
アラン「跡取りがもういるのか?」
マッテオ「はい。来年にはアリエルの従姉妹の子供を養子に迎える予定が決まっています。マジソン一族はなかなか男子には恵まれず、女の子になりますが。」
アラン「・・・・だからあいつは不要ってことか。」
マッテオ「あの子はとても不幸な子供です。呪われた家系に産まれてしまったために・・・。」
アラン「あの女の自殺の原因はなんだ?」
マッテオ「・・・・彼女は男運が悪かった。」
アラン「・・・・。」
マッテオ「男に騙され、その挙句捨てられて借金だけが残った。体を売ってまで働かされていたようです。」
アラン「・・・・。」
マッテオ「駆け落ちした男と別れた後は、そういうことが何度かあったようで・・・きっと人生に嫌気がさしたんでしょう。本当はあの子と二人で心中しようと、一度はあの子の首に手をかけたようでした。」
マッテオ「しかし我が子を殺すこともできず、最後にはたった一人で死んでしまった。」
アラン「・・・・。」
マッテオ「母親の遺体と一緒にあの子が発見されたのは一週間後でした。半年経ってようやく見た目は普通の子供の姿になりましたが、あの頃はガリガリに痩せ細ってまるでミイラのようでした。」
アラン「・・・・・。」
アラン「あんたが育てたらいいんじゃないか?親戚なんだろ。」
マッテオ「私はこう見えてまだ25歳ですが、すでに親の決めた許嫁がいる身です。それに大伯父が許さないでしょう。私自身も、あの子にはマジソン家とは縁遠い場所で幸せになってほしいと願っているのです。」
アラン「・・・・。」
マッテオ「そろそろ行きます。他にも仕事が入っていまして。」
アラン「・・・・。」
マッテオ「ミカエル!」
マッテオが滑り台で遊ぶ子供に声をかける。
マッテオ「帰る時間だよ。」
子供がゆっくりと二人に近づく。
マッテオ「おなか空いただろう?ホテルに戻ったらおやつにしようか。」
子供が頷く。
マッテオ「結果が出るまでは私はこの街に滞在しているので、なにかあれば連絡してください。」
アラン「わかった。」
マッテオ「それではこれで。」
ふいにマッテオと繋いでいた手を離し、子供がアランへと近づく。
アラン「 ? 」
そっとアランの手を握る。
アラン「なんだよ?」
マッテオ「・・・・。」
アラン「おい、どうした?」
マッテオ「シルバーさん。」
マッテオ「結果が出るまでの間、この子と暮らしてみるというのはどうでしょう。」
アラン「はぁ?!」
マッテオ「ミカエルが自ら他人に触れるなんてことは、この半年はじめてです。きっとあなたにはなにか感じるものがあったんでしょう。」
アラン「だからってなんで俺が子守りしなきゃなんねーんだ。」
マッテオ「お試し期間だと思ってもらえれば。」
アラン「お試し?」
マッテオ「結果が出てあなたが拒否した場合はもうこの子には二度と会えません。それに引き取るとなった場合でも、その後の生活がうまくいくとはかぎらないでしょうし、一度お試しとして一緒に暮らしてみるのも悪くないかと思いますよ。」
アラン「そんなことしてなんの意味があるんだよ。俺の返事はもう決まってるし。」
アラン「お前も手ぇ離せって。このお兄さんと一緒に帰れよ。」
アランがやんわりと振り払おうとしても子供は手を握ったまま動かない。
アラン「なんなんだよお前。」
マッテオ「なんなら子守りの日給もお支払いしますよ。」
アラン「いやそういうことじゃねえだろ。」
マッテオ「シルバーさん。この子はあなたのそばを離れたくないみたいなので傍においてあげてください。私からもお願いです。」
アラン「いや・・・俺の身にもなれよ。」
マッテオ「どうしても無理ということであればいつでも迎えに来ます。なのでその間だけでもどうかお願いします。」
アラン「あんたなぁ・・・・。」
マッテオ「それでは私はこれで。」
アラン「おい・・・・。」
アラン「お前さぁ~。」
アラン「なに考えてんだよ。初めて会った大人についてっちゃダメってママに教わらなかったのか?」
ミカエル「・・・・。」
アラン「大人は怖いんだぞ。なにされるかわかんないぞ?」
ミカエル「・・・・。」
アラン「人身売買って知ってるか?外国の人間に売られたり、体をバラバラにされてどっかの部族とか金持ちに売られたりもするんだぞ。」
アラン「大人の中にはそんな悪い奴もいる。人は見かけじゃわかんないんだ。俺がそういう人間かもしれないだろ。」
ミカエル「・・・・。」
アラン「いやしないけどさ・・・。」
ミカエル「・・・・。」
アラン「でもそういう悪い大人もいるって話だよ。わかるか?」
子供がアランから目を逸らす。
アラン「おい、ちゃんと聞いてんのか?」
寂しそうな目でうつむく。
アラン「・・・そんな顔すんなよ。俺がいじめてるみたいだろ。」
アラン「・・・ったく。どうすんだよ。俺は今日も仕事あるんだけど。」
子供は相変わらず悲し気な瞳でうつむいている。
アラン「あ~・・・・もう、どうすりゃいいんだマジで。」
アラン「はぁ~~~。」
車から降りたアランのあとに子供が続く。
アラン「言っとくけど、ゲームとか漫画とか娯楽になるもんはないからな。」
玄関のドアを開けて二人が部屋へと入る。
アラン「適当に座ってテレビでも観といて。」
子供が小さく頷く。
アランは寝室へと入っていく。
テレビを付け子供用のチャンネルに変える。
寝室へ入ったアランがポケットからスマホを取り出す。
アラン「・・・・・ポーターさん、俺です。」
ポーター『よぉアラン。どうした?』
アラン「すみません。今日お店閉めていいですか?」
ポーター『珍しいな。女でもできたか?』
アラン「違いますよ。ちょっと体調が良くなくて。」
ポーター『具合悪いのか?隣なんだし、看病行こうか?』
アラン「いや、熱はないので大丈夫です。なんか今日はおなかの調子が良くなくて。」
ポーター『食べ物にでもあたったか。病院は行ったのか?』
アラン「薬飲んだので平気です。」
ポーター『そうか。』
アラン「明日には良くなると思うので、一晩だけ休ませてください。」
ポーター『ひどくなるようだったら言えよ。俺が店開けてもいいし。』
アラン「大丈夫です。ありがとうございます。」
ポーター『お大事にな。』
アラン「はい。失礼します。」
アランが電話を切ってため息をつく。
アラン「(今夜はなんとかなったな・・・。でも明日からどうするか・・・・。)」
アラン「(まぁ、遊ぶもんもないし明日になったらあいつも帰るって言いだすだろ。それまでの辛抱だな。)」
寝室から出たアランがキッチンへと入っていく。
アラン「お前、ジュースでも飲むか?」
冷蔵庫を開けてオレンジジュースを取り出す。
自分の為にコーヒーを淹れ、ソファーに座る子供の隣に座る。
子供は夢中でテレビを見つめている。
アラン「お前の母親はどんな人間だったんだ?」
子供へ声をかけるが答えはない。
アラン「しゃべれないんだっけ・・・。(会話ができないってのも不自由だな・・・。)」
数時間後。
辺りはすっかり暗くなり、月が空へ登る。
バスルームのドアが開いてパジャマ姿の子供が出てくる。
アランはキッチンで料理をしている。
アラン「ご飯出来たぞ。そこ座れよ。」
子供は少し高い椅子にジャンプして座る。
出来たばかりのマカロニチーズを皿へよそい、子供の前のテーブルへ置く。
アラン「うまいか?」
子供が小さく頷く。
時折熱そうな素振りを見せながらも黙々とスプーンを口に運ぶ。
アラン「(もっと料理覚えとけばよかったかな・・・・。)」
自分の分を皿によそってソファーへと移動する。
アラン「うん、うまいな。(料理なんてしたの、数か月ぶりだな。)」
アラン「ふぅ・・・。」
アラン「(あいつ、しゃべんないし表情もないからなに考えてるかわかんねーな。)」
アラン「(母親に殺されそうになって、さらには目の前で自殺か・・・・。7歳って言ってたっけ。子供の頃から壮絶な人生だな。)」
アラン「(まぁ、俺も散々な人生でここまで来たけど。いい里親が見つかればあいつもまともな大人に育つだろ。)」
アラン「(ローリングハイツのマジソン・・・。後で調べてみるか。)」
アラン「(金持ちにろくな奴はいねーからな・・・。ポーターさんは自分の代でのしあがったみたいだし、あの人も裏でなにしてきたかわかんねーもんな。)」
エレベーターのドアが開き女性が降りてくる。
廊下にはニューハーフバーから漏れてくる派手な音楽の重低音が響いている。
アランのバーへ向かうが入り口で足を止める。
中は暗く、ドアには閉店の看板がぶら下がっている。
ジャスミン「はぁ??どういうことよ!」
ジャスミン「休みなんて言ってなかったじゃない!隣はニューハーフバーだし、どこで吞めっていうのよ。」
ジャスミン「ったく!明日あいつに文句言ってやるわ。」
アランがバスルームから出ると子供はソファーで眠っている。
アラン「おい。」
アランがため息をつく。
アラン「起きろよ。そんなとこで寝たら風邪ひくぞ。」
手を伸ばして何度か肩を叩いてみるが一向に起きる気配はない。
アラン「・・・ったく。」
身体を抱き上げ寝室へと運ぶ。
アラン「(軽いな・・・。身長のわりに体が細すぎる。)」
開いた子供の目に生気はなく、うつろに床を見つめている。
頬は痩せこけ、唇は渇いて所々皮がむけていた。
アランがハッとして子供の顔を見つめる。
子供はスヤスヤと寝息を立てている。
アラン「・・・・。」
アラン「・・・・。」
アラン「(嫌な画だった・・・。それにあの匂い・・・。気分が悪い・・・・。)」
部屋の明かりを消して寝室をあとにする。
冷蔵庫からビールを出してソファーへと向かう。
ビール缶の蓋を開けてお風呂上がりの乾いた喉へ流しこむ。
アラン「今夜はここで寝るか・・・。」
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