翌朝。
目を覚ましたミカエルが寝室から出てくる。
ソファーで眠っているアランに気付き、じっと見つめる。
アランは一向に起きる気配はない。
ふいにおなかが鳴ってしまい慌ててそれを手で押さえる。
冷蔵庫を開けると皿に乗ったパンがあった。
それを取り出す。
ジャムを塗って、冷たいパンを口に頬張る。
食べ終えるとお皿を持って流し台へと向かう。
慣れた手つきでお皿を洗う。
相変わらず起きてこないアランをよそ目に、バッグから服を取りだし着替える。
テラスへ出ると暖かい日が差し、気持ちのいい風が吹いている。
遠くから鳥のさえずりも聞こえてくる。
裏手に面した海をみつめていると時折魚が跳ねているのが見える。
拾った小石を海に投げると海面から魚が跳ねた。
ミカエルの表情が明るくなる。
服を脱ぎ捨てそのまま海へと入っていく。
アラン「ん・・・。今何時だ?」
ようやく目を覚ましたアランがソファーから体を起こす。
アラン「9時か・・・。」
大きく伸びをする。
いつもより少し早い時間に目が覚めた。
アラン「あいつ・・・まだ寝てんのかな。」
寝室へ向かおうとするアランの耳に、水音が聞こえてくる。
アラン「ん・・・?」
立ち止まり窓の外を見るとミカエルが泳ぐ姿が目に飛び込んでくる。
アラン「あのバカ!」
裸足のままテラスへと飛び出す。
アラン「なにやってんだよ!早く上がってこい!」
バシャバシャと音を立ててミカエルがアランの元へと向かう。
アラン「お前なぁ。」
アラン「勝手な行動するなよ!ここはビーチじゃないし足場が急に深くなるから、お前みたいな子供が泳げる場所じゃないんだぞ?」
アラン「泳げたからよかったかもしんねーけど・・・大人がいないとこで泳いでもし溺れてたら誰もお前のこと助けられないだろ。わかってんのか?」
ミカエルがうつむき寂しそうな表情をする。
アラン「なんだよその顔・・・・。」
アラン「ここでは遊泳禁止。わかったな。」
ミカエルが小さく頷く。
アラン「じゃあシャワー浴びて服着ろ。」
アラン「シャワー出たらでかけるから。あ、お前メシ食ったのか?」
アランの後ろをついて歩くミカエルが頷く。
アランに買ってもらった水着とアームリングを付けたミカエルがビーチで泳いでいる。
アランはビーチチェアに座りそれを見つめる。
ミカエルはとても気持ちよさそうに泳いでいる。
午後。
アラン「どうだ?うまいだろ。」
ハンバーガーを頬張るミカエルがアランの方を見てにこりと笑う。
さっきまで海で泳いだせいか少し日に焼けてみえる。
アラン「この店、安いのに結構いけるんだよ。俺もたまに来るんだ。」
アラン「おかわりしたかったら言えよ。」
ミカエルが勢いよく頷く。
アラン「俺も今日は早起きしたせいか、3つくらい食えそうだな。」
会話はないが、ミカエルの表情から嬉しそうな気分が伝わってくる。
前日より少し二人の距離が縮まったようにみえる。
ジャスミン「アラン?」
通りかかったジャスミンが声をかける。
ジャスミン「なにしてんの?こんなとこで。」
アラン「あんたこそなにしてんだ?」
ジャスミン「・・・私はこのゲストハウスに泊ってるのよ。」
アラン「ああ。ここ安いもんな。」
ジャスミン「だからあんたは何してんのって聞いてんのよ。」
アラン「見ればわかるだろ。昼飯食ってんだよ。」
ジャスミン「・・・随分店と態度が違うわね。」
アラン「今はプライベートなんで。」
ジャスミン「ふぅ~ん。あんた、子供なんていたんだ?」
アラン「いねーよ。俺の子じゃない。」
ジャスミン「いや、どう見てもあんたソックリなんだけど。」
アラン「・・・親戚の子預かってるんだよ。」
ジャスミン「親戚の子ねぇ~。」
アラン「・・・・。」
アラン「そういえばあんた、仕事は見つかったのか?」
ジャスミン「・・・まだ見つかってないわよ。なに?嫌味?」
アラン「いいバイトがあるんだけど、やってみる?」
ジャスミン「え?」
アラン「そういうわけで1週間あの子を預かることになったってわけ。」
ジャスミン「従姉妹の子供ねぇ~。ホントはその従姉妹、あんたが孕ませたんじゃないのぉ~?」
アラン「だから違うっつってんだろ。」
ジャスミン「それで、子守りってどのくらいの時間やればいいの?寝付いたら帰っていいんでしょ。」
アラン「ダメに決まってるだろ。俺が帰るまでだからだいたい3時すぎくらいかな。」
ジャスミン「はぁ~?!深夜じゃないの。」
アラン「バー閉店して片付けたら急いで帰っても2時半は過ぎる。しょうがねーだろ。」
ジャスミン「・・・ったく。もちろん送ってくれるんでしょうね。」
アラン「交通費は出すよ。タクシー呼んでくれ。」
ジャスミン「・・・・。」
アラン「子供は9時までに寝るから、そのあとは俺が帰ってくるまでの間自由にしていればいい。」
ジャスミン「何時からよ。」
アラン「6時。お風呂は一人で入れるから大丈夫だ。家に来る前に食材買ってきて、食事を作ってほしい。なるべく子供が好きそうなやつ。あんた、料理できるって言ってたよな。」
ジャスミン「まぁ・・・簡単なものなら。」
アラン「俺よりはマシだろ。」
アラン「惣菜とかでごまかすなよ。財布渡すからレシートとっといてくれ。」
ジャスミン「細かいわね。」
アラン「雇い主だからな。」
ジャスミン「それで?日当いくらなわけ?」
アラン「15000。」
ジャスミン「交通費別で?」
アラン「含めてだ。ここからうちまでなら片道2000しないだろ。」
ジャスミン「え~~~。深夜バイトなのにぃ~?」
アラン「子守りしてる時間はたった3時間だ。後はあんたは家に居てくれるだけで寝ててもいい。ほぼ休憩時間だろ。」
ジャスミン「どうしようかな~。ほかにもっとラクなバイトある気がする~。」
アラン「・・・・。」
ジャスミン「こんなしんどいバイトやってくれる人、なかなか見つからないと思うけどな~。」
アラン「・・・わかったよ。17000だ。」
ジャスミン「18000。」
アラン「17500。」
ジャスミン「やるわ。」
アラン「交渉成立だな。」
ジャスミン「帰りの交通費いらないから泊めてくれるってのは?」
アラン「ダメだ。」
ジャスミン「ケチね。」
アラン「じゃあ俺は行くから、なにかあったらすぐ電話しろ。」
ジャスミン「メッセージとかでもいいの?」
アラン「頻繁に見れないからダメだ。どうしてもというときだけ、電話してくれ。」
ジャスミン「わかった。」
アラン「冷蔵庫にあるものは好きに使っていい。たいして入ってないけど。」
ジャスミン「さっきスーパー寄ってくれたから食材は大丈夫よ。」
アラン「あ、あとあいつが風呂入ったあと、来てた服は洗濯機に突っ込んどいてくれ。洗濯は俺がやる。」
ジャスミン「オッケー。」
アラン「あんたは食事と寝かしつけだけきちんとやってくれればいい。眠そうにしてたらベッドに寝かせて、眠るまで傍にいてやってくれ。」
ジャスミン「任せて。私学生の頃近所の子のベビーシッターもやったことあるから大丈夫よ。」
アラン「ホントに大丈夫か?」
ジャスミン「あら、嘘じゃないわよ。」
アラン「ならいいけど。」
ジャスミン「なんなら一週間と言わずに、ここで家政婦として働いてあげてもいいけど。あんたも仕事で忙しいでしょ?」
アラン「いや、俺は今までも独りでやってきたから問題ない。」
ジャスミン「あっそ。」
アラン「じゃあそろそろいってくる。」
ジャスミン「いってらっしゃい。」
アラン「言い忘れてたけどあいつしゃべれないからな。」
ジャスミン「はぁ?!なによそれ。聞いてないんだけど。」
アラン「うん。だから言い忘れたって言ったろ。」
ジャスミン「しゃべれないってなによ?どうやって意思疎通すればいいわけ??」
アラン「頷いたり首振ったりはするから問題ない。それに会話しなくて済むんだから、よけいな気遣わないだろ。」
ジャスミン「そうかもだけど・・・。」
アラン「じゃあな。戸締りちゃんとしろよ。」
ジャスミン「・・・・。」
アランが出て行ったあと、ミカエルの後ろ姿をじっと見つめる。
ジャスミン「(なにしゃべれないって。産まれた時から口がきけないってこと?)」
ジャスミン「(話せないってことは、なにしててもアランに告げ口できないってことか。それは都合がいいわね。意外といいバイトかも♪)」
ジャスミンがミカエルの隣に座る。
ジャスミン「面白い?」
ミカエルが頷く。
ジャスミン「ご飯は7時くらいでいいわね。それまでお姉さんはタブレットで動画でも見てよ~っと。」
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