朝。
パラダイス島は今日も晴天だ。
リビングへやってきたミカエルがソファーに眠るアランを見つめている。
相変わらずアランは起きない。
リュックの荷物から服を取り出して着替える。
窓の外を見るミカエル。
少し寂しそうな表情をする。
アランにきつく注意されているので海には入れない。
ミカエルは荷物の中からスケッチブックを取り出した。
アラン「ん・・・。起きてたのか。」
しばらくするとようやく目を覚ましたアランがソファーから体を起こす。
アラン「ふぁ~・・・・。」
アラン「飯は食ったのか?」
アランの問いにミカエルが首を振る。
アラン「今用意するからちょっと待ってろよ。」
アランがバスルームで歯磨きを始める。
開いたドアからミカエルの姿が見える。
アラン「(冷蔵庫になにがあったっけ・・・。)」
ミカエルは黙々とスケッチブックに絵を描いている。
冷蔵庫から取り出したパンでピーナッツバターサンドを作り始める。
アラン「飯できたぞ~。」
アランの声を聞いてミカエルが手をとめる。
アラン「うまいか?」
ミカエルが頷く。
アラン「俺は洗濯してるから、食べ終わったら皿置いとけよ。」
いつものように、昨夜セットしておいた洗濯機から濡れた服を取り出す。
天気がいいのですぐに乾きそうだ。
今日はいつもとは違い子供の服も干してある。
食べ終えたミカエルが皿を持って立ち上がる。
アラン「お前皿洗いできるのか。」
ミカエルが頷く。
アラン「(あの女はホント教育熱心だな。)」
アラン「今からでかけるぞ。」
ミカエル「 ? 」
グリーンビアーズ。
パラダイス島のなかでも一際高い場所にある小さな湖だ。
景色もよく眼下には雲が広がっている。
アランとミカエルが並んで釣りをしている。
アラン「釣りははじめてか?」
ミカエルが頷く。
アラン「釣りはいいぞ。なにも考えずにぼーっとしてられる。釣れたら飯にもなるし。まぁ、ハマるとどんどんいい道具が欲しくなるけどなw」
小さな魚を釣ったミカエルがそれを嬉しそうに見つめる。
アラン「お!釣れたか。」
アラン「それを餌にして大きい魚を狙うから、まずはそういう小さいやつをたくさん釣れよ。」
ミカエルが頷く。
数時間後。
釣った魚をグリルして二人は並んで食事をしている。
ミカエルは釣ったばかりの魚が調理されて目の前に出されたことに少し戸惑っているようだ。
アラン「うん。ちょうどいい塩加減だな。お前も食ってみろ、うまいぞ。」
恐る恐る口に運んでみる。
アラン「うまいだろ?」
ミカエルが大きく頷く。
アラン「小さい魚を大きい魚が食べて、その大きい魚を俺たち人間や他の動物が食べる。食物連鎖ってやつだ。そうやって命は引き継がれていくんだ。」
アラン「スーパーで売ってる切り身の魚なんかじゃありがたみもわかんないよな。こうやって生きている魚をそのまま調理して食べたほうが命のありがたみがわかるだろ。」
ミカエル「・・・・。」
アラン「まぁ、今はわかんなくてもお前が大きくなったら俺の言ってる意味もわかるようになるさ。」
二人が帰路に着く。
日は沈みかけている。
アラン「楽しかったか?」
ミカエルが頷く。
少し眠そうだ。
アラン「お前が気に入ったんならまたここに連れてきてやるよ。グリーンビアーズは景色もいいし釣り人も少ないから穴場なんだ。」
アラン「今日使った釣り竿はお前にやる。お前を連れてきたお兄さんに釣りスポットに連れていってもらうといい。」
ミカエル「・・・・。」
アラン「釣りは海でも湖でも、水場があればどこでだってできるからな。覚えればいい趣味になるぞ。」
アラン「ちょっとのんびりしすぎたから急いで帰らないと、あの女に怒られちまうなw」
ジャスミン「何時だと思ってるわけ?とっくに6時過ぎてるわよ!」
アラン「悪かったよ。そんな大きい声出すなって。」
ジャスミン「まったく・・・。」
アラン「じゃああとのことは頼んだぞ。あいつの寝かしつけも忘れるなよ。」
ジャスミン「わかってるわよ、しつこいわね。」
アラン「じゃあな。」
ジャスミン「いってらっしゃい。」
アラン「いってきます。」
ジャスミン「ミカエル~、アランとどこ行ってたの~?って答えるわけないか。」
ジャスミン「なにあんた、宿題やってんの?えらいじゃない。」
ミカエルが頷く。
ジャスミン「わかんないことがあったら聞きなさいよ。小1レベルなら私だって教えてあげられるから。」
ジャスミン「じゃあ私も今日は動画じゃなくて本でも読もうかしら。」
ジャスミンがタブレットを取り出す。
アランのバーはまだ人も多くなく静かな空気が流れている。
アラン「いらっしゃい。」
アランが顔をあげると店に入ってきた客はマッテオだった。
マッテオ「こんばんは。」
アラン「こんばんは。ご注文は?」
マッテオ「今日はあなたのおすすめのものを。」
アラン「かしこまりました。」
アランがバーカウンターへ戻っていく。
マッテオ「今日は静かですね。」
アラン「週の中日はこんなもんです。まだ時間も早いですし。」
マッテオ「そうなんですね。僕はあまりバーには来たことがなくて、この店がはじめてだったんです。」
アラン「そうですか。・・・お待たせしました。」
アランがカクテルの花火に火をつける。
あっという間に飲み干す。
マッテオ「ここで仕事しててもいいですか?」
アラン「もちろん。他のお客様の迷惑にならないことであればご自由にどうぞ。」
マッテオ「ありがとうございます。」
数時間後。
アラン「話があって来たんじゃないのか?」
マッテオ「え?」
アラン「この時間ならもう客が増えることはない。」
マッテオ「そうなんですね。では、さきほどと同じものをもう一杯いただけますか。」
マッテオが開いていたノートパソコンを閉じる。
アランが黙ったままカクテルを作り始める。
アラン「どうぞ。」
マッテオ「ありがとうございます。僕はあなたのことをもっとよく知りたいと思って。」
アラン「はぁ?なんであんたが俺なんか。」
マッテオ「アリエルが選んだ男性です。恋人でないならなおさら。きっとあなたには外見の良さだけでなく惹かれる魅力があるんでしょう。」
アラン「・・・・。」
マッテオ「不思議と僕もわかる気がするんです。あなたにはすごく興味を惹かれる。」
アラン「あんたゲイなのか?」
マッテオ「そうじゃないですよ。僕は女性が好きです。でもあなたには人間として魅力がある。」
アラン「・・・・。」
マッテオ「失礼なことを言いますが、最初は見た目がいいだけの男かと思っていたんです。・・・不思議なものです。会うたびにどんどん興味をそそられる。」
アラン「なんでそんなにあの女の周りのことを弁護士のあんたが調べてまわってる?毎晩こうやって俺の店に通うのも仕事外のことだろ。」
マッテオ「新米弁護士の僕にとってこの依頼ははじめての仕事です。だから大事に扱いたくて。」
アラン「それだけじゃねぇだろ。あんたとあの女はどういう関係だったんだ?」
マッテオ「・・・惚れてたんですよ。僕が一方的に。」
マッテオ「僕と彼女がはじめて会ったのは僕が7歳、彼女が14歳の時でした。彼女はとても美しく、明るくて優しい女性でした。」
マッテオ「僕が10歳の頃、家の都合で数日間マジソン家に預けられたときに、彼女に勉強を教えてもらいました。」
マッテオ「僕が弁護士になりたいって言ったら、彼女はとても励ましてくれました。あなたは頭がいいから絶対に叶えられるって。」
マッテオ「本家のマジソン家と僕の家ではかなりの格差があります。彼女の父親に認めてもらわなければ交際も叶うはずありません。」
マッテオ「だから僕は立派な弁護士になって、彼女の父親に認めてもらえるような男になろうって、そう誓ったんです。」
マッテオ「でもそれは無駄な努力でした。彼女は高校を卒業する前に男と駆け落ちして家を出て行った。」
マッテオ「それでも僕は、いつか彼女は戻ってきてくれると信じて弁護士になるために必死で勉強しました。彼女がマジソン家の地位と名誉を捨てるはずないって、そう思っていたからです。」
マッテオ「でも違った・・・。地位や名誉よりも、彼女は自分の信じた愛を必要としたからです。たとえそれが偽りだったとしても。」
アラン「あの女のことを探さなかったのか?」
マッテオ「もちろん探しましたよ。」
マッテオ「大学を出たら迎えに行こうって決めていたので。でも、彼女に会いに行くといつもそばには男がいた。それでも僕は諦めなかった。」
マッテオ「最後に会いに行ったのは7年前です。おなかがふっくらしていて、彼女はとても幸せそうに見えました。」
マッテオ「僕は落胆して・・・・あの頃ちょうど大学入試前だったので自暴自棄になって受験もやめてしまおうかと思いましたw」
マッテオ「でも今まで自分が努力してきたのはなんの為だったんだろうって、色々考えなおして持ち直しました。それから彼女のことは忘れて勉強一筋でがんばったおかげで、念願の弁護士にもなれました。まだ見習いですけど。」
マッテオ「あなたの話を聞きに来たのに、結局は僕ばかり話してしまいました。」
アラン「別にいい。あんたもたまには吐き出したいだろ。」
マッテオ「シルバーさんは、どうやって彼女と知り合いに?」
アラン「俺がボーイやってたホストクラブにたまたまあの女が来店しただけだ。特に意味はないんだろ。そのあとあの女と会ったのも片手で数えるくらいだし。」
マッテオ「どういう女性でしたか?あなたからみたアリエルは。」
アラン「数回しか会ってないからどういう女かもよく知らねーよ。幸薄そうとは思ったけど。」
マッテオ「幸薄そうかぁ~。」
マッテオ「あ、そういえば明日ミカエルの7歳の誕生日なんですよ。」
アラン「はぁ?あんたそういう話は先に言えよ。」
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