J「ただいま。」
玄関が静かに開いてJが帰宅する。
アイビー「パパ、おかえりなさい。」
J「ああ。お前も、よく帰ってきたな。」
J「その子は?」
アイビー「パパ、帰ってきたばかりでごめんなさい。聞いてほしい話があるの。」
J「・・・わかった。」
全員分の紅茶を用意して、サムが少し離れた席に着く。
それを待ってからアイビーが重い口を開いた。
アイビー「いつか言わなきゃってずっと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくて・・・。」
J「・・・・。」
アイビー「この子の名前はアダム。」
アイビー「ロミオと・・・半年前に亡くなった、女優のミランダさんとの間に産まれた子供なの。」
クレア「ミランダ・・・?あの、ミランダ・レッドってこと?」
アイビー「そう。」
J「誰だそれは。有名な女優なのか?」
クレア「アカデミー賞もとった、実力派女優よ。」
J「そうなのか。なぜそんな女優がロミオくんと・・・?」
アイビーがこれまでのいきさつをゆっくりと語り始める。
3人はそれを静かに聞いていた。
アイビー「産まれてからしばらくは、保育器の中で育ったの。やっと退院できたのが3月末。」
クレア「それからずっと、あなた一人で育ててきたの?」
アイビー「ううん。私一人じゃ到底無理だったから、ベビーシッターさんを雇って、仕事の間は見てもらってるの。それでもやっぱり、夜も眠れない日が多くて・・・ひと月前からは週に3日、リリィ社長とアンナさんに預けてるの。」
クレア「・・・・。」
アイビー「でも、このままだとアダムにとって、私はママの役割を果たせていない。子供にとっては、一番近くに居ていつも見守ってあげるのが母親の務めでしょう?」
クレア「・・・そうね。」
アイビー「だから私、仕事を辞めて育児に専念することに決めたの。」
J「・・・・。」
サマンサ「辞めるって・・・モデルの仕事を?(アイビーちゃん、今一番売れてる時期なのに・・・。仕事だって、半年先のスケジュールも埋まってるんじゃ・・・。)」
J「なにもお前が育てる義務はないだろう。」
クレア「ママもそう思うわ。事務所の社長さんは、育てるって言ってくれたんでしょう?」
アイビー「でも私、ミランダさんと約束したの。この子を立派に育ててみせるって。」
アイビー「ミランダさんだって、私だからアダムを託してくれたの。」
アイビー「それに・・・私にとってこの子は唯一、ロミオの残してくれた形見なの。ミランダさんにとっても・・・孤児院で育った二人の、唯一の肉親なの。」
J「・・・その子には身体に障害が残る可能性が高い。母親が心臓が悪ければ、遺伝している可能性もある。」
アイビー「・・・・うん。」
J「その子が健康に育ったとしても、これからの将来、いろんな苦難が待ち構えていることは目に見えている。それに生まれてきた境遇も・・・いつかその子にとっては障害になるかもしれん。」
アイビー「わかってる。だから、芸能の世界とは程遠い静かなこの街で育てたいの。そして、二人にも協力してほしい。」
J「・・・・。」
アイビー「私の一生のわがままを聞いてください。ここで、私とアダムが暮らすことを許してほしいの。」
J「ダメだ。ここでお前たちが暮らすことは許さん。」
アイビー「パパ・・・。」
J「話は終わりだ。明日の朝になったらブリッジポートへ戻って、その子を社長さんへ返してきなさい。」
Jが立ち上がる。
アイビー「待ってパパ!」
アイビーが立ち上がる。
アイビー「アダムは私の子供よ!だから・・・」
J「お前の子供?!その子をよく見ろ!肌の色も、瞳の色も違う。お前の血は一滴も通っていない、赤の他人の子供だ。」
アイビー「でも・・・っ!」
J「お前は騙されているのがわからんのか!浮気した男がよそで作った子供だろう!なぜ妻でもないお前が育てる必要がある!」
アイビー「わかってるよ・・・。でも・・・二人の関係はずっと昔から続いてたの。お互いにとっては家族であり恋人であり、姉弟みたいなものなの。」
J「お前はいいように言いくるめられてるんだ!そんな不純な関係を、なに認めたようなことを言っているんだ?!」
アイビー「でもっ・・・。」
アイビー「パパは・・・もし私がよその子供だったとしたら育てなかった?」
J「そんな例えは意味がない。お前はれっきとした私の娘だ。」
アイビー「この子だって、私は私の子供としてちゃんと育てたいの。」
J「ダメだ。うちの子だなんて認めん。お前の養子にするというならこの家から縁を切れ。」
クレア「あなた・・・っ。」
J「私は本気だ。」
アイビー「もういいっ!じゃあそうするよ!!」
アイビーが荷物を持って駆け出す。
クレア「アイビー!」
サム「アイビーちゃん・・・っ。」
J「追わんでいい。」
J「放っておけ。そのうち目が覚める。」
クレア「・・・・。」
真っ暗な公園でひとり、アイビーがベンチに腰かけている。
もう長い時間そうしていた。
蒸し暑い夏の夜、生ぬるい風が吹く。
アイビーの頬を涙が伝う。
アイビー「(わかってくれなんて・・・私のわがままなのかな。)」
アイビー「(でも・・・私を育ててくれたパパとママだから、ちゃんと話し合えば理解してくれると思ってた。)」
アイビー「ひっく・・・(誰にも理解されないのかな・・・。ホントに・・・アダムを育てることは、私のエゴでしかないのかな・・・。)」
アイビーが声を漏らして泣き始める。
アイビー「ふぇ・・・・っ(私・・・どうしたらいいんだろう。仕事を辞めて、一人で育てる?・・・誰もいない田舎の町にアダムと二人で引っ越す?)」
アイビー「ひっく・・・・うぇ~ん・・・(私にそんなことできるかなぁ・・・・。こんなに寂しい思いを・・・これからずっと・・・耐えられる・・・?)」
アイビーのすすり泣く声を聞いて、近くを通りかかった人物がふと足を止める。
アイビー「ひっく・・・・。」
ローガン「・・・アイビーか?」
アイビー「え・・・?」
アイビーが顔を上げる。
ローガン「まさかと思ったけど、やっぱりそうか。」
アイビー「ローガン・・・?」
アイビー「・・・なんで・・・こんなところに?」
ローガン「こっちのセリフだ。」
サマンサ「も~、ホントに大変だったんだから~。」
ネオ「ごめんごめん、部下のミスのカバーしてたらこんな時間になっちゃって。」
サマンサ「そうなんだ?それはご苦労さまだったね。」
ネオ「で?なにが大変だったんだ?」
ネオからジャケットを預かって、サムがクローゼットに仕舞う。
サマンサ「今日ね、アイビーちゃんが来る予定だったでしょう?」
ネオ「そういえばそうだったな。アイビーはどうしたんだ?」
サマンサ「パパさんとケンカしちゃって、家を飛び出して行っちゃったのよね。」
ネオ「あのふたりがケンカ?珍しいな。」
サマンサ「うん。」
サマンサ「さっきからアイビーちゃんに電話してるんだけど・・・充電切れてるみたいで繋がらないのよね。無事に帰っていればいいんだけど・・・。」
ネオ「無事って・・・いい大人なんだから、電車で帰ってるだろう。」
サマンサ「それが一人じゃないのよ。」
ネオ「なんだ・・・恋人でも連れてきたのか?」
サマンサ「ううん。赤ちゃんを連れてきたの。ロミオさんの子供だって・・・自分が育てるんだって。」
ネオ「ロミオさん・・・?ロミオさんは亡くなっただろう?去年の9月に。」
サマンサ「でも子供ができてたらしいの。他の女性との間に。」
ネオ「・・・・。」
サマンサ「それでパパさんが怒っちゃって・・・。」
ドレッサーからクレアが立ち上がる。
Jはソファーに座って医療書を読んでいた。
クレアがゆっくりとソファーに座る。
クレア「J。」
J「なんだ?」
クレア「まだ怒ってるの?」
J「怒ってなんかない。」
クレア「・・・・。」
クレア「私は・・・わからなくもないわよ・・・。あの子の気持ち。」
J「・・・・。」
クレア「優しい子だもの。責任感が強くて、頑固で・・・独りで抱え込む。」
クレア「あなたにそっくりよ。」
J「・・・・。」
クレア「あの子がわがままを言ったのはこれでたった2回よ。1回目はモデル事務所に入るとき。でもきちんとあなたの言った掟を守ったし、まっすぐに育ってくれた。」
J「クレア。」
クレア「なぁに?」
J「俺は間違ってると思うか?」
クレア「・・・わからないわ。」
J「・・・・。」
J「先に寝るよ。おやすみ。」
クレア「・・・おやすみなさい。」
クレア「・・・・。」
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